宮中ではお酒のことを「お錫」と呼んでいる

週刊サンケイに連載の「拝診記」第五回(昭和58年12月18日号)の内容の一部紹介
杉村昌雄氏(昭和30年から昭和54年の24年間、宮内庁侍医として昭和天皇皇后両陛下に仕える)

<上の扉の文章から>
熱戦の”宮中場所”も終わった。
両陛下もご出席になさっての宴会は、心なごむ楽しいひと時だ。
お錫の酒がすすむにつれて歌も飛び出す。とーーー、
「奥さん、奥さん」
恐れ多くも、皇后様をお呼びする声が・・・。
驚きのあまり一瞬、沈黙が流れた。
そして哄笑が起ったーーー。

 

「酔余の恋歌」<本文から>

宮中では時々、両陛下を中心に侍従や女官、侍医などの側近が集まって、食事をする時がある。
食事とお酒が出てごく気楽な雰囲気のものである。
お酒は錫の銚子に入っていて、燗のついたお酒で、このいれものから、宮中ではお酒のことを
「お錫(おすず)」と言っている。
時には、そのお錫を飲みすごす人も出てくると言うわけで、
ある時私も、よほど気持ちよく酔ってしまったのか、つい皇居の中であることを忘れて、
”命短し 恋せよ乙女・・・”と得意の歌を歌ってしまった。(後略)

◎江戸時代の徳利には錫製のものが多く見られた

「貞丈雑記」(1763年)第七「酒盃」の項に、「今徳利と云う物を、古は錫といひける也、
むかしはやき物の徳利なし、皆錫にて作りたる故すゞと云し也」とある。
実際その風を残して江戸時代の徳利には錫製も多く、中には徳利のみならず
燗鍋・酒杯にも見られる・・・・・(「日本の美術」No266/監修文化庁より)

このことから、江戸時代から宮中にて錫製の徳利(或いは銚子)が使われており、
「お錫」という言葉が生まれても何ら不思議ではないことが解ります。
又侍従達が一日の務めを終え、休憩の為にお集まりになる所を、「お錫」(お酒)が
振舞われることから「お錫所」とも呼ばれています。

 

◎大名達が愛用した「提重」(野外弁当)には錫の徳利が・・・

公家や大名達が愛用した「提重」(花見弁当や野外弁当に使用した提げ手の付いたお重)には、
錫の徳利が組み込んであり、お酒を如何に楽しんでいたか・・・風情を感じます。
このことからも、錫器は上流階級で使用されていた道具であったことが解ります。
現代でも,
宮中で「お錫」と言う言葉が使われるのもその名残なのでしょう。

「蒔絵提重」の右側に見える容器が錫の徳利