中村百合恵(錫の魅力)を語る

”錫の器に魅せられて”

大阪あべの辻調理師専門学校会報より)

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 徳利などの酒器でおなじみの錫(すず)を使い、食器から花器までのデザイン・製作を手がけられ、現在活躍中の「ゆり工房」主宰の中村百合恵さんにお話を伺いました。

 

Q:まず、簡単に錫器の歴史を教えてください

中村:日本人は農耕民族なので、陶器や磁器などの焼き物が生活に密着していますが、ヨーロッパやエジプトのような遊牧民族は、金属食器が日常の中で必要だったようです。世界最古の錫器は、古代エジプトの物が発見されています。日本では、奈良の正倉院御物にある薬壷(やっこ)という薬を入れる壷が、現存する最古の物だといわれます。

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Q:錫器はそもそも、上流階級の人達が使っていたのですね。それが、一般に使われるようになったのはいつ頃ですか

中村:江戸時代です。庶民の日常の器として、主に、酒器やお茶托などから使われるようになったようです。一番よく使われたのは、銚釐(ちろり)や徳利といった酒器だったのでしょう。昔の人の知恵だと思うのですが、金属には水をイオン化する性質があるので、錫の器に入れておくとお酒が非常にまったりとしておいしい。燗上がりが早いということでも使われたのでしょう。その頃、冷酒よりはお燗をすることが多かったようですから。

 

Q:お酒が錫によっておいしくなるのですね。現在、先生は酒器も作られているのですか。

中村:酒器とお皿類、花器ですね。それからコンポート類、アクセサリーなども手がけています。江戸時代は、板物という一枚の板から曲げて作る物と、ロクロ物とが作られていましたが、後には、ロクロ物が多くなりました。量産できるし、板物よりコストがかからないという理由で……。従来、錫器といえば、きっちりと形の決まったズッシリと重みのある器類が大半でした。私がはじめた頃は、伝統工芸品的な要素が強く、日常の器として食卓に出てくるような物は少なかったんです。主婦の感覚から、生活の中に普通に使える錫器があればいいなと思い、一番使いやすいシンプルな形のお皿を作りはじめました。そしたら、ケーキもフルーツも、お刺身だって盛ることができました。モダンな食器と共に使っても違和感がないし、土物・磁器・漆などともよく合います。まわりの友達に好評で、ジワジワと浸透していきました。それがスタートですね。

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Q:料理の器としての錫器の魅力をどのようにお考えですか。

中村:錫という金属の特色として、まず、熱伝導の良さがあります。それで、「冷たい物は冷たく、温かい物は温かく」料理を提供できます。特に、冷たい物は非常においしそうに、涼やかに演出できます。見た目にも錫の色は涼やかですが、お刺身やカルパッチョなどを盛るとハッとするくらい美しくなります。

 食材の色を際立たせることも錫器の大きな魅力です。地荒し(じあらし)といって表面に傷をつけて色のない模様を作ります。錫自体のおだやかな白い輝きを生かした物です。色物とは違いって食材を選びません。鮮やかに彩色された器は食材選びに神経を使いますよね。

 

Q:ご自分で器をデザインしていて苦労される点はありますか

中村:最初は、使いやすい形、重ねても場所を取らないというようなことを考えてシンプルな物を作りました。そのうちに、もっと違う物を作りたいという意識や、また意欲も出てきて、一時期使い勝手よりもデザインやフォルムに凝りました。それがある時、「これでいいのかな」と立ち止まり、器の基本デザインの勉強を改めてしようと思ったんです。それで、尊敬する「ようび」の真木先生にいろいろとご相談しました。すると先生は、「器というのは用と美。つまり『用をなして美しくなくてはならない』。デザインに凝って用をなさなくなったり、飽きがきたり、使いにくいから納めてしまったりでは器としての意味がない。あなたが寸法的に一番使いやすい器、これがいいなと思う物を作っていけばいいんじゃないの」と、教えてくださったんです。それからは高さや大きさ、手の入る角度などを意識してバランスよくおさまるようなデザインのものを作っています。

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Q:陶器なら絵付けのような装飾ができますけれど、錫器の場合はどうですか。

中村:先ほどお話した地荒しがあります。一枚の板に鋳込み、表面に傷を付けた金槌で錫の表面を叩いていきます。鉄よりも錫のほうが柔らかいので、金槌の傷がついていきます。そうするとツルツルだった錫の表面に模様ができます。また、錫は約230℃で溶けるので、溶ける瞬間をデザインしながらお皿に模様をつけていくことができます。銅や銀だとこうはいきません。銀の場合、彫金はできますが……。これも錫の面白い特性といえるでしょう。

 

Q:涼感があることが長所だと伺いましたが、他に長所は。

中村:よく「錆びるでしょ?」「お手入れが大変でしょ?」と言われます。一見して銀だと勘違いされる方が多いですが、錫は銀のように黒く錆びません。表面は酸化しますが、本体は黒く変色しません。でも、買った時の輝きがずっとそのままかというと、そうでもありません。使い込んでいくうちに光り方が柔らかくなったり、ちょっとグレイッシュでアンティックな感じになっていきます。このようにちょっとトーンが落ちて、しっとりとした雰囲気になった方が好きだとおっしゃる方も多いです。ですから、長所は、ずっしりとした重さ、水をイオン化させる、熱伝導がよい、黒く錆びないということですね。お酢をずっと入れっ放しにすると、液体の入っていたところに線がつくことはあります。でも、普通に洗えば取れますし、レモンを置いても大丈夫です。酢の物を盛っても問題ありません。塩分のあるものも大丈夫です。刺身醤油を入れる猪口を錫器にしてもすてきです。

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Q:陶磁器と違い、割れないのも良い点ですよね。

中村:確かにメリットだと思います。落としたり、何かに角を当てたりするとへこみますが、それも直せます。

 

Q:直すというのは、溶かして作り直すのですか。

中村:いいえ。内側から叩き出したり、もう一回あて金に当て、木槌で形成します。壊れにくい物だから、カジュアルな気持ちで使って頂いたら、結構、便利な器ですよ。

 

Q:暑い時期には、冷蔵庫で冷やしておいて、冷たい水をいれて飲むとおいしいですよね。

中村:そうです。ビールなら、冷たく冷やした錫のコップに注ぐと瞬時に雫が現れ、見た目にもきれいです。喉越しもよく、とてもおいしく頂けます。お酒も、それ自体が冷えてなくても、小さなチロリとか酒次に入れ、その器ごと氷の中に入れるだけで、お酒がすぐに冷たくなります。ワインクーラーに錫器がよく使われるのは、肉厚の錫のクーラー自体がすぐに冷え、冷たい氷水が中々溶けにくく、ワインを冷たく保ちやすいからです。でも、使ってみないとその良さは中々分かってもらえませんが……。

 冷奴なんかでもとてもおいしそうに見えるんですよ。青紫蘇を敷いて豆腐を置き、ラップをして冷蔵庫に入れます。召し上がる直前に器ごと出して頂いたら、ひんやりとして、青い葉と白い豆腐がとても涼やかです。

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Q:涼感を出すにはガラスの器を良く使いますが、錫はガラスとはまた全く違った趣でいい雰囲気が出ますよね。ガラスみたいにチップもしませんし。

中村:どうしても夏の物というイメージが強いようですが、例えば、お正月などのハレの器としても十分対応できます。黒塗りの折敷の上に錫器だけ置いても映えるでしょう。

 

Q:「皆さんに、ぜひ伝えたい」ということはありますか。

中村:作品展や錫のお話をした後で「昔はあったね」と言われることが多いので、それがとても残念です。皆さん陶器・磁器・洋食器など沢山の器を暮らしの中にお持ちですよね。その中に一つ、ぜひ、金属の食器を加えて頂きたい。日本人は金属に対するアレルギーのような物、使いにくいというような意識が強いようです。でも、小皿がたった一つあることで、食卓の景色がずいぶん変わります。錫製のコンポートのような器にお刺身を盛ると、「えっ!」という新鮮な驚きがありますよ。今やお店で食事をしても、いろいろな食器を使ってあらゆる演出が行われ、少々のことでは驚かないですよね、だから、目を引いたり「これ、なあに?」というような演出をするには、これからは錫の出番だと、私は一人で思っています。

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Q:和の世界だけでなく、西洋料理・中国料理でも使えますよね。

中村:限界がなく、合わせられないという物がありません。大きなケーキプレートにお刺身をのせても、ちょっと深めのコンポートにお素麺やお蕎麦を盛り付けてもしっくり合います。デザインは西洋っぽくても、絵付けが全然ないのでどんな物にも使ってもらえる。時にはそこにお花を飾ってもいいし……。固定観念を捨てて、金属器を使って頂きたいですね。

 

Q:先生に器を作ってほしいとご依頼すれば、対応して頂けますか。

中村:サイズ・高さ・デザイン・使用目的など具体的に言ってくだされば、いくつかご提案ができ、オリジナルの物をお作りします。ご注文を頂くと、こちらも勉強になって楽しみが増えるのです。実は最近、こういった仕事が多くなりました。先日も「78cmの長い箸置きを」と言われて、少し長いのではと思いながら作ってみたら、とても美しく仕上がり、驚きました。箸が凛としてきれいに見えましたし、フォークレストにも使えそうでした。ご注文を受けて作ると、お客様から知恵を頂いているようで有り難いです。

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Q:東京では、作品展を定期的に開かれているのですか。

中村:一年に一度くらいです。来られた方からは「次はいつですか」といううれしいお声も頂きますから、もう12回は是非とも増やしたいです。東京でも、器屋さんに置かせてもらえるようにしたいですし。作品展を楽しみにして下さる方々がいらっしゃることで、ずいぶん勇気づけられます。

 

Q:これから間違いなく広まるでしょうね。

中村:好みの物ですから、難しいでしょうが、がんばって広めたいです。マイナーで、知らない方が多いということは逆に強みでもあると思っています。「きれいね」とか「欲しいわ」という声を励みにこれから益々、頑張ります。

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Q:今後の御活躍を期待しております。

                    

   中村百合恵氏/ゆり工房主宰

        広島市生まれ。立教大学文学部独文科卒業。
        大阪あべの辻調理技術研究所非常勤講師。大阪商工会議所女性会会員。
      
        鍛金を学んだ後、「ハンドクラフトフェア」展(開催/西武百貨店)にて新人賞を受賞。
        その後、毎年大阪/芦屋/東京など各地の百貨店やギャラリーで、個展を開催。