鹿児島には”錫の瓦”葺きの「錫門」が現存している

 

 
             磯公園(鹿児島市)   庭園

19代島津光久が万治元年(1658年)に御仮屋を建てたのが、この磯公園(正式には仙厳園)の
始まりとされています。園内には錫の瓦ぶきの「錫門が現存しています。
その当時、谷山地区(鹿児島市南西部)の山から錫鉱山が発見され、錫は金・銀に並ぶ高価な
金属だったので、薩摩藩主が早速技術者を集めら採掘を始めたと言われています。
そして島津藩の財源を担うほど、多量の錫が採掘されていたようです。
その名残がこの「錫門」の屋根に葺いてある”錫の瓦”と言えます。
現在この地区では、錫は採掘されていませんが「錫山」と言う地名のみが残りました。

錫門

錫の瓦

 

◎中国には錫が沢山採れていたのに「無錫」と言う都市があります

演歌「無錫旅情」で有名になりました「無錫」は、前漢初期(紀元前202年頃)に漢の皇帝が
「錫山」から採掘し続け、錫が枯渇したことに由来しています。無尽蔵の錫を城壁のすき間にさえ
流し込んで埋めたとも言われ、皮肉なことにその錫も枯渇し「無錫」と言う地名のみが
残ることになりました。

 
 

無錫駅

大湖(中国第3の大きさを誇る無錫の名所・湖)